2015.10.09 13:28

「好きなことを一生懸命に」イタリアンシェフ山下順さんに聞く

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記者:井上菜奈

関西国際空港内にイタリアンダイニング「Due Torri(ドゥエトッリ)」を構えるシェフ、山下順さん(53)は高校卒業後に料理の道に進み、イタリアで1年間修業した後、素材本来の味を生かす「新イタリア料理」を日本に広めることに貢献してきた。「好きなことだから、仕事は苦にならない。若者には好きなことに一生懸命取り組んでほしい」と語る山下さんに料理へのこだわりや若者への期待を聞いた。

地産地消にこだわって

 ――イタリア料理に引かれたきっかけは

「父親が誕生日によく買ってくれた洋菓子が好きで高校卒業後、製菓の道に進もうと決意した。しかし当時は専門の学校がなかったため、調理師学校に入学し、週1回、製菓の授業を受けていたが、現場に触れるために学校から紹介されたアルバイト先がイタリア料理店だったことが最初のきっかけだ。『料理も面白い』と感じ、そのままその店に就職し、料理の道に入った。幼いころから食べることが好きで、母親の料理を手伝ったり、料理番組をよく見ていたりしていたことも影響していると思う」

 ――イタリアに修業へ

 「就職後間もなく『先輩シェフに教えられるままに作る自分のイタリア料理は本物なのか』と疑問に感じるようになり、1年間休職してイタリアの食の都ボローニャで100年以上の歴史がある高級レストラン『PAPPAGALLO(パッパガッロ)』で運良く、修業することができた。現地の語学学校に通っても意思の疎通を図るのは難しかったが、トマトソースの作り方などイタリア料理を基本から教わるうちに日本で学んできた自分の料理は間違いではなかったと感じ、大きな自信がついた」

 ――帰国後の活動は

 「最先端の本場イタリア料理を広めることに力を注いだ。1980年代は、戦後日本に定住したイタリア人が作る古いイタリアンか、ペッパーソースがたっぷりかかったピッツァのような、アメリカの影響を色濃く受けたイタリア料理が中心だった。そこで、イタリア修業中に流行していた新イタリア料理を提供した。食品の流通が広がり、冷蔵技術や調理器具が発達したことにより誕生した料理だ。それまで内陸部で食べられる魚は痛んでしまっていることが多かったが、流通が行き渡り冷蔵技術も向上したことで新鮮な魚が手に入るようになった。素材の味を繕う必要がなくなり、チーズやクリームを多量に使わないあっさりとした味付けが主流になった。健康に対する意識が高まってきた時期でもあり、視覚的にもヘルシーな印象を与えるよう少なめの盛り付けに変えた。また、オーブンレンジなどの調理器具の発達でより高温でのスピーディーな調理も可能になった。当時、自分を含むイタリア帰りのシェフたちが広めた新イタリア料理は素材本来の味を好む日本人にたちまち受け入れられ、イタリアンブームのきっかけにもなった」

 「その後、ホテルの料理長や料理学校の主任教授を経て、関西国際空港内にDue Torriを開店したのは2011年。地産地消にこだわったイタリア料理を提供している。たとえば魚介類をトマトやオリーブと共に煮込んだ料理『アクアパッツァ』は、大阪府阪南市の尾崎港で水揚げされた新鮮な白身魚を使用している」

 ――若者へのメッセージを

 「私は正直に自分の舌で『おいしい』と感じた料理だけを提供したい。若手料理人には、そうした姿勢を受け継いでほしい。修業中は5時台の始発で買出しに行き、そこから仕込みを始めた。夜の10時に仕事が終わると、先輩シェフとの付き合いで飲みに行き、寝るのは1時を過ぎることもしばしばだった。でも、好きなことだったので全然苦にならず、これまで自分のこだわりを貫いてくることができた。だから若い人にはさまざまなことに挑戦するなかで好きなことを見つけ、とにかく一生懸命に取り組んでほしい。そうすれば、道は必ず開けるはずだ」

(学生通信社 武庫川女子大学文学部 井上菜奈)

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記者プロフィール

井上菜奈

井上菜奈

役職 : -
在学中 : 武庫川女子大学文学部(2回生)
出身地 : 大阪府
誕生日 : 1994年3月15日
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