2014.04.25 20:09

都会人の農と食を見つめて

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記者:吉田怜奈

NPO法人おもしろ農業(大阪市西区)の理事長・片桐新之介さん(36)は「農」と「食」をキーワードに、貸し農園など都会で暮らす人でも気軽に参加できる「農業の場」を提供しています。大学卒業後11年間の百貨店勤務を経て、NPO法人の運営に携わることになった片桐さんに、農家と都会に住む生活者の現状、農や食を通してつながる理想の都会のコミュニティーについて聞きました。


――おもしろ農業に携わることになった経緯は?

片桐

:2009年、大学の同級生の宮治勇輔さんが、会社をやめて実家の養豚業を継がれ成功しただけでなく、農業分野を変える若手世代のための団体「農家のこせがれネットワーク」を立ち上げたことにはじまります。

その立ち上げパーティーで、おもしろ農業の代表を務めていた山村勝平さん(36)に出会い、大きな影響を受けました。当時、僕は百貨店を運営する会社の企画部に異動したころでしたが、4年間その仕事に関わる一方で、生産者の声をお客様へ届ける仕事にもっと関わりたいと思い始めていました。

職を離れる怖さもありましたが2011年9月に独立を決意しました。書道家でもある山村さんが活動拠点をアメリカに移すのを機に、おもしろ農業の後継者を募集していることを知り、2012年4月、おもしろ農業を引き継ぎました。日々変化する食品業界の状況に柔軟に対応し、農業への興味を持ってもらうイベントや企画を通して地域の農業や加工業の方と関われる、おもしろ農業の仕事に魅力を感じています。

――そもそも、なぜ農や食に関心があったのですか?

片桐

:2005年2月ごろ、宮治さんの実家で育てた豚肉を使った、生産者と生活者をつなげるバーベキューイベントを神戸で開催しました。

そこに参加し、約50人が集まったことに驚いたからです。50人は少ないと思うかもしれませんが、僕は食に関心を持った人が50人も集まると思っていませんでした。一方で、百貨店の食品部に勤めていたころ、魚売り場へ買い物に来た50歳前後の女性から、サバをアジと勘違いして値段を聞かれたことに衝撃を受けました。

家で料理を作っているはずの年代の女性が魚の種類を見分けられないほど、現代は自分が口にする食品に興味のない人が多いことも事実であるのを実感しました。そして、食材の価値を伝えてくれる小売店や料理店への 「関心」や、生活者自らが選び抜く「目利き力」をもってもらうことが必要と考え始めました。

――今はどのような仕事をしていますか?

片桐

:都会にいながら気軽に土に触れ農業に取り組める、貸し農園事業や体験ツアー事業を行っています。貸し農園は、難波のオフィスビルの屋上にあり、お客様の目的もさまざまです。夜通し働く接客業の人が、仕事を離れ土に触れることで疲れを和らげたり、たこやき屋さんが商品の材料の一部にするため小麦を栽培したりしていました。

野菜を育てるための情報はインターネットや専門書で調べて実践してもらい、実際の作業は全てお客様に任せています。しかし、一般的なことしか書かれておらず、時には都会の気候に合った知恵が必要なこともあるので、困ったときは僕や知り合いの農業指導員がアドバイスをします。

ただ、基本的な方針は試行錯誤してもらうことで単に野菜を作るだけでなく、自分の植えた種の成長過程やこまめに世話をしないとうまく育たないという大変さも知ってもらいたい。

■農で心を和らげる

――なぜ、お客様に体験してもらうことが大事なのですか?

片桐

:子どもの頃、毎週金曜日の夜、祖父に連れられて静岡県の伊豆半島へ行き、わずか5メートル四方の畑で農作業をしていました。

だから僕にとって農作業は苦ではなく、楽しい生活の一部だったのです。種から実になるまでに費やす労力を、実際に体を動かして知ることは、食べ物ができる過程に意識を向けることにつながります。

その体験こそが、食べ物や農業に対する意識を高めることに必要不可欠だと思うのです。農家でない僕なりに考えた結果が、都会に居ながら土に触れることで得られる心の安らぎや、楽しさを伝えられる事業だったのです。

――農業がもたらす新たな効果とは何ですか?

片桐

:今年2月から、大阪市立総合医療センター(大阪市都島区)で、学校に馴染めず入院している18歳以下の子どもたちを対象にした農園を運営しており、子どもたちの心を安らげるという園芸療法の社会復帰プログラムの中で利用されています。

リハビリをする約80日間のうち、農作業にかかわれるのはわずか2、3日ですが、種まきや稲刈り、雑草抜きなどさまざまな作業を体験してもらえるよう、野菜の種類を選定したり、作業内容を考えたりしています。

できる限り子どもが希望する野菜を取り入れることで、より楽しんでもらえるようにもなりました。現在は、ネットで活動を知った大阪大学や関西大学の3人の学生が協力してくれています。いずれは、地元のボランティアの方が子どもたちの作業を支援してくれたり、畑の毎朝の水やりを手伝ってくれたりする体制ができればと思います。

――今後どのようなことに取り組んでいきたいですか?

片桐

:多くの人が、食や農に興味を持つきっかけをつくりたいです。都会に暮らす農に関わりの薄い人でも魅力に思えるようなイベントを開催し、農業への入り口を広げることで、より多くの人に参加してもらい、農に関心を持つ人と人とのつながりを作りたい。

今まで農業に関心がなかった人が農作業を楽しんだ結果、食や農業の現状に興味を持つようになればと思います。その過程で、地域の家庭の味、食文化の伝承ができないかと考えています。将来、地域の人がコミュニティーの場として農園を運営し、伝統的な地域の食文化を伝え残す仕組みを作り上げていきたいです。

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記者プロフィール

吉田怜奈

吉田怜奈

役職 : -
在学中 : 立命館大学情報理工学部(2回生)
出身地 : -
誕生日 : 1993年11月14日
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